Q & A 1当たり前のことは省きます
将を射んと欲すればまず馬を射よ などと言いますが・・・ 1. 施肥?(できないことはやらない)人の食物を得るために作物(植物)を育てます。では、植物の食物(養分)を得るためには何を育てたら良いのでしょう。食物連鎖(食物網)から考えて植物の食物は微生物です。微生物は動植物の祖先ですから食物=祖先。食物連鎖とは祖先を喰うことです(^-^)。但し、食物連鎖の最初と最後の輪はつながり循環しますから、常に進化の頂点を食べて続けてきた微生物だけは、地球からヒトまで(笑)何でも食べられます(腐食連鎖)。 でも、動物(従属栄養生物)はそうはいきません(生食連鎖)。たとえ独立栄養生物の植物でも食べられるものが決まっています。食べられるのは自分より進化上の下位で、全体としては共食いや自分より進化の上位を食べることは許されません。 しかし、例外として決まった相手だけは食べられる場合があります。腐食連鎖は下位者が上位者の死骸や排泄物等を食べる分解サイクルですが、活きの悪い奴は生きている内に食べても良いことになっています(笑)。個体単位での免疫機能と同現象。但し、害虫、病原菌などと悪者扱いされます。 微生物が植物の食物で、食物連鎖が成り立つにためには、植物が自前で調達できる以外の必須養分を微生物は最適のバランスで全て持っている筈(養分固定、可吸化能力を含め)。植物は全て微生物と共生関係にあり、植物の食物を得るためには微生物を育てれば良いのです。 その、微生物の食物(餌)は地球そのもの(無機養分)や、植物が大気中から捉えた炭素(有機物)。地球型の生き物は炭素系生命体と呼ばれています。
有機物: 有機化合物。構造の基本骨格に炭素原子を持つ化合物の総称。アミノ酸の核も炭素。炭素骨格は長さや分岐の多様性が無制限であり、窒素、酸素、硫黄、燐などが結合する官能基も多様。その多様性が生物を構成する最大要素。
どの段階でも肥料などというものは出て来ません。肥という概念は捨てます。植物は微生物が無機化した養分も利用し進化しましたから、化学肥料や堆肥化により無機化した肥でも使えます(植物はアミノ酸を利用できる)。 しかし、作物を取り巻く環境条件は刻々と変化し、人為的な施肥によりこの変化に対応し、土壌中の養分バランスを保つことは現在の技術では殆ど不可能。成分だけではなく、バランスを食べさせなければならず、できないことはやらないに限ります。 2. 堆肥やボカシ?(出し方が問題)完熟した堆肥中で微生物を育てるのに役立つのは、堆肥化の段階で微生物が食べ残した、難分解性のリグニンくらいです。あとは分解が終わったカスの肥効成分。肥効があるものは化学肥料と同じように施肥障害を起します。堆肥でも土が良くなるのは、多少なりともリグニン等の食べ残しがあるからです。リグニンは土壌中で白色糸状菌(カビの仲間のキノコ菌等)により分解され、空隙率の多い大粒の団粒を作ります。そのため未熟堆肥ほど団粒効果(土壌改良効果)が高く、完熟化し窒素比率が高いほど効果が落ちます。 堆肥化しない未分解の高炭素資材(雑草、緑肥作物、オガコ、木材チップ、稲ワラ、未熟厩肥等)の炭素率(C/N比)を調整し投入することを一般的には、土壌改良と呼び施肥と厳然と区別します。微生物に餌を与え土の物理性の改善が目的だからです。土壌改良しかしないのが「炭素循環手抜き農法」です。 土壌外(大気中)で行う堆肥作りは、徒労と有機資材の無駄使い、貴重な炭素を捨てる愚かな行為です。無用な二酸化炭素発生は環境汚染でしかありません。 有機物に含まれる炭素は、何れにしても最終的には二酸化炭素として大気中に放出されます。でも、出すこと自体が問題なのではありません。何処でどのように出すか、出し方が問題なのです。土壌中で二酸化炭素を出すこと(炭素循環)によって全ての養分が循環します。 3. 腐植?(過去の栄光)腐植も堆肥同様カス。微生物が消化できなかった残り物。嘗て土壌中で有機物の分解が不完全な形で行われた証拠。土の「汚れ」あくまでも結果です。ありがたがる程のものではありません。現代農業(施肥栽培)の基礎を築いた「農芸化学の父」といわれるリービッヒは腐植栄養説に基づく従来の農業は、土壌中の栄養を略奪するものだ。「農業における真の進歩は厩肥からの解放によってのみ可能である」とまで言っています。
汚れ:
嫌気環境や腐敗で生成される。日本に多い黒ボク土や日本国外の黒土(チェルノーゼム)には特に多い。農耕地に適していると言われるが、酸欠でリグニンを分解するキノコ菌が活動できず残った成分。自然状態で無くとも有機物を大量に入れ腐らせれば土を真っ黒にすることができる。腐食自体に害はないが好気状態にして糸状菌を働かせれば腐植は減り、黒い土でも本来の土の色に戻る。 条件に応じ働く微生物が違い、堆肥農法(腐敗環境)なら黙っていても汚れ(腐植)は勝手に増えます。堆肥農法では元の有機物の絶対量が多い上に、キノコ菌が利用できない有機物が多く、働ける環境も整っていないため腐植量が増えます。
元の有機物の絶対量:
堆肥は元の資材の60%〜20%ほどに減量する。しかし、腐植の主成分である超難分解性のリグニンはそのまま全量残る。 キノコ菌が利用できない: 腐敗している物は利用できない。完熟化すれば腐敗は止まるが炭素比が低く、圃場に投入すれば土壌全体を腐敗環境にする。 何れ分解し作物の養分として有効化します。しかし、新たな土壌改良力や養分捕捉、可吸化=養分供給力は残っていません。死に金(定期預金、年金)のようなもの。過去の微生物活動の名残でしかない腐植の多寡を問題にしても始りません。 今現在、生きている土壌中の生物量(バイオマス)が最も重要。バイオマス=養分供給力です。過去の栄光(戦果)ではなく現在の兵力(バイオマス)がものをいいます。 要は養分の供給体制さえ整っていれば良いわけで、貯金はなくても常に相応の収入があれば、収支バランスはとれます。 腐食の主成分リグニンはキノコ菌のご馳走。堆肥農法から炭素循環農法に転換すると逆に腐植は減ります。キノコ菌(糸状菌)の分解過程は水溶性成分以外のものを残さないためです。 腐植は減っても有効炭素量(循環量)さえ十分なら、養分不足や土壌物理性の劣化は起こりません。腐植はいわば微生物の糞。土を糞まみれにすれば病虫害がでて当たり前。土は清浄度が大切。 腐食が増えなければ土の色が黒くなりません。有機物を大量に入れても完全に分解されれば、ここ(ブラジル)の場合は熱帯性ラテライト土壌の特色である赤色のままです。日本の水田では真っ白になりました。 4. 微生物?(嘗ての自分)現在の地球環境を作った微生物群は、動植物の嘗ての自分の姿。そして現在でも微生物は生命連鎖の下部構造(土台)を作り続け守っています。現在の自分を保つためには常に過去を作り続けなければなりません。
過去を作り続けなければ:
厳密には、未来が消えれば現在が現れず、過去ができない。過去を作り続けるとは「未来を作り続ける」ことである。現在を変えるのはあくまでも未来(例: タイムマシンで明日に行き、その日の貴方を消せば貴方に明日は無い)。過去を新たに作り直す、典型的な例が再生医療。そして、未来を作る行為を「創造」と呼んでいる。 過去は結果であり単なる記録に過ぎない。よくあるSF映画のように、過去(記録)を改ざんしても現在には何の影響も与えはしない(例: 過去の日記を書き換えても貴方は変わらない)。 つまり過去が今、同時に此処に在ると言えます。生物界全体でも、我々一人ひとりにとってもこれは同じ。動物の摂食、植物の分解、吸収等や各種細胞の新陳代謝(血液細胞、細胞内小器官等)により、常に過去と現在を循環させ現在の姿を保っているということです。 これは、情報保持でもあり過去の姿(未分化、原始状態)は現在の内訳。内にある過去(食物連鎖の下位)が消えれば、今(我々)が消えます。 当たり前の話ですが微生物は生き物です。ところが生き物と思っていないから、今でも有機堆肥農法や猿真似自然農法が行われているのです。EM菌で誰も成功しないのです。野性の生き物(土壌微生物)でも限られた環境(田畑)に閉じこめているのですから、空気を与え、水を与え、餌を与えて飼う必要があります。 5. 炭素循環?(炭焼きを(^-^)しているわけでは・・・)
炭素循環は環境問題として感心を持たれています。ところが農業では殆ど感心を持たれていません。しかし炭素循環は光合成(二酸化炭素固定)、有機物分解(二酸化炭素放出)が主作用です。これは百姓(農林業)の仕事です。 有機物を微生物が分解するといっても、ハンマーでガンガンやったり、炭焼きを(^-^)しているわけではありません。食べているのです。食べれば微生物は増殖します。増殖(分解)できるということは、微生物に必要な他の全ての養分は足りている。最大構成成分である炭素の循環さえ図れば過不足なく同時に循環するということです。 微生物群としての平均的体組成は常に一定と考えられ、炭素循環量と窒素やリン,カリ等の循環量は比例関係にあります。そして養分は何も、植物にとって可吸状態である必要はなく、微生物が使えさえすれば良いのです。 微生物(食物連鎖の下位者)が生かした養分は植物(上位者)が使えます。これが下位者による養分の可吸化で、生物の進化、食物連鎖=生命連鎖の仕組みの一つです。進化って最後に食った奴の勝ち?(笑)。 炭素の次に不足しやすいのは窒素。でも、分かっているだけでも窒素固定能力を持つ微生物は100属以上あると言われます。しかし、その微生物が炭素不足で、増えないことには固定もできません。 土壌中の窒素は作物より微生物が優先して使い、不足した場合は有るだけの窒素を微生物間で循環しながら、有機物を分解します。しかし、それでは時間がかかり産業として成り立ちません。 生きている炭素資材を使う場合以外は炭素量に応じた、適正な窒素量、即ち炭素率(C/N比)を人為的に調整する必要があります。 6. 進化?(食わせた奴の勝ち)光合成を主軸にした生態系を「太陽を食べる」と呼び、それに対し「地球を食べる」と言われている生き物がいます。地下生物圏(超高圧の地下数千メートル 120〜140℃辺りまでと考えられている)を構成している、超好熱古細菌(始原菌、後生細菌)群などです。地上バイオマスの1〜200倍と推定され、まだ地上の生態系にどのように関わっているのか殆ど分かっていません。ただ、古細菌と呼ばれることからも分かるように、生物の共通の祖先と考えられ「生命起源」解明の手掛かりになるだろうと言われています。
古細菌:
メタン菌や高度好塩菌、好熱菌(塩湖や熱水噴出孔などに見られる)。進化系統的には真正細菌(バクテリア)よりも真核生物(植物やヒトなど)近い。 地底は無論、光も酸素もありませんから地上の生物と違った食生活(^-^)をしています。もし、この地下生物群が居なかったら地上は二酸化炭素や硫化水素等(地下生物の餌)が充満し、現在の地上の生物は存在していないでしょう。 微生物で知られているものは10%あるかないかと言われています。そして性質がよく分かっているのはその中の一部。地表と地下に境があるわけではありません。当然、進化した生物が利用できない物でも利用する微生物が地表近くの土壌中にいても何の不思議もありません。
利用できない物でも利用する微生物:
好熱性の古細菌群や真正細菌、真菌類など。餌=エネルギー源はメタン、水素、硫化水素、アンモニアなど、火山の噴気孔や深海の熱水噴出孔(原初の地球環境に近い)などから噴出している。また、これらは腐敗時に生成される成分でもあり、古細菌群などが腐敗土壌の浄化に寄与していると考えられる。
最近の研究では、植物はアミノ酸、有機酸、糖類などの低分子有機物を利用することが分かっています。 そして植物は菌類の外殻であるキチンの分解酵素キチナーゼを持っています。無用なものを持っているとは考えられず植物は直接、菌類を食べているとも考えられ、アミノ酸などの摂取が主で、無機養分でも利用できるという見方もあります。 何れにしろ、成分的には同じでも肥料(無機成分)は植物の食物ではありません。ブドウ糖、アミノ酸、栄養剤等がヒトの食物ではないのと同様に。 蛇足ですが、地下生物群に関して一つだけ確実に言えることがあります。それは地上の生き物が絶滅し1匹?もいなくなっても、地下生物群さえ生き残れば現在のような生態系を再構築できます。彼らが生物界の最底辺を支えている生き物達だからです。「頭は何時でも替えられる」やはり最初に食わせた奴の勝ちですかね(笑)。 7. 畑と森?(耕作=養分補給(施肥))炭素循環農法の実際例を考えてみます。かなり大雑把な計算ですが傾向は把握できると思います。先ず、森林の炭素固定量を 1〜5ton/ha/年(CO2交換量通年観測タワーによる観測結果よりの推定値)とします(図は最大値の5ton、土壌のC/N比20、落ち葉や朽木のC/N比50とし色分け)。例1は緑肥一作と作物一作/年とし、例2では作物二作/年とします。実践例は平均4作です。作物栽培期間内の作物や雑草の炭素固定は、仮に1ton(収穫分差し引)とします。ついでに、日本の堆肥施用量(蔬菜類の推奨値)との比較もしてみます。
例1: 緑肥作物(エンバク C/N比40前後)の炭素固定量は 2.5ton/ha(炭素換算)程度です。
例2: 木材由来の高炭素資材(C/N比40前後)8ton使用(実践例)なら炭素換算で 1.4ton/ha程度です。 (炭素含有率45%,水分60%で計算。通常、木材50%,他の有機物資材40%と言われる) 堆肥例: 作物固定分の残滓は無駄を見込んで仮に0.7ton/ha x 二作/年=1.4ton/ha/年。 (C/N比や炭素量は平均的な堆肥の値 [ ]内は、現物量 ton/ha) 森林: 1.0 〜 5.0 (単位: 炭素換算 ton/ha/年)慣行農法での牛糞、豚糞堆肥の施用は、炭素量では森林とほぼ同じです。見かけ上は十分な炭素量のようにみえますが・・・。落とし穴があります。平均的な畑地土壌のC/N比は12前後(炭素は主に腐植として存在。腐植=C×1.724)と言われています。 ということは、投与した堆肥が土壌中でC/N比12程度までしか分解されず、あとは腐植(食べ残し)になり直ぐには使えないということです。発酵鶏糞では炭素不足で微生物は窒素を使い切れません。 C/N比15や20の完熟堆肥では僅かな差分しか役に立つ炭素がなく、完全な肥料であり土壌改良効果は少ししか望めません。有機堆肥を使っているにも、かかわらず病虫害がなくならないのは、土が良くなっていない証拠であり、堆肥が肥効しかない証明です。窒素量に見合う炭素が必要で、相対的な窒素過多、炭素不足です。 炭素循環農法はその名の通り収穫分を差し引いても森林並みの有効炭素量。実践例では森林の倍以上の有効炭素量です。土壌中の炭素循環量に応じ他の養分も循環し、養分循環という面で畑と森を区別する意味は特にありません。ジャングル化農法(^-^)ですね。 見落としてならないのは耕作=養分補給ということです。実践例のような温暖地(亜熱帯)では循環量が増えます(必要です)。作物栽培中も作物や畝間の雑草が炭素を固定。作物を作れば作る程、雑草が生えれば生える程、炭素固定量は増えます。 この炭素を如何に有効利用するかで養分補給量が左右されます。雑草は作物や表土を保護し虫の餌になるだけではありません。養分面でも重要な働きをしています。但し、土壌改良が進み雑草の役目が終わると自然に消えます。 8. 連作障害?(施肥障害)十分な炭素資材の補給を怠ると、微生物により供給され保たれていた(図1)全体の養分レベルが餌不足から低下し(図2)、作物の生育に支障を来たすようになります。そこへ不足分を補おうと施肥しても、微生物の餌とはならず微生物の養分バランスを崩し、微生物からの供給分が減ります(図3)。このバランスの崩れから、微生物の活動が還元・発酵型分解から酸化・腐敗型分解に傾き、土壌の物理性が劣化し、更にバイオマスが減少、作物への養分供給力が著しく損なわれます。図の各養分を樽板とすると図3は養分D迄しか水は溜まらず充足度の最も低い養分が制限因子となると言われています。
充足度の最も低い養分が制限因子:
リービッヒの「最小養分律」。これを分かりやすく図解したのが「ドベネックの要素樽」。実際の土壌では他の複数の要因が関連し合い、相対的に少ない養分を補完したり過剰な養分が拮抗したりと複雑化し、必ずしも図解通りとはならない。 皮肉なことに、手間暇、金をかけて養分を補おうとした施肥により新たな養分不足を招くわけです。それで良い物ができるのならまだしも作物を弱らせ、できた作物は虫の餌です。
図1 図2 図3
■ ■■ ■■ ■ ■■■■■■ ■■■ ■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■ ■■ ■ 施肥分 ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■ ABCDEF ABCDEF ABCDEF A〜F 養分名 十分な餌 餌不足 施肥 このように(図3)なると腐敗により有害物質が産生されたり、作物に不都合なセンチュウや菌が増え、連作すると所謂、連作障害という状態を呈します。これは何も、連作をしなくても起こる障害で連作により目立つだけに過ぎません。しかし、ここで慌てて有機物が良いからと、いきなり大量に投与しても分解できるだけの微生物がいませんから、消化不良(腐敗)を起こします。 原因は連作などではなく、施肥により弱体化した微生物相での(無機態窒素は糸状菌を殺す)、作物の養分バランスの崩れにより起きる障害で、施肥障害というべきものです。その証拠に無施肥なら連作が当たり前で障害など起きません。図2のような状態でも病虫害は比較的受けず無農薬も可能。ただし、単に無施肥にしただけでは減収です。
減収:
水稲の無施肥栽培が行われているが、良くて慣行の50〜60% 程度の収量と言われている。水稲の場合、養分供給量の約半量は地力窒素。つまり施肥分がそっくり、そのまま減収となっている訳で、新たな無施肥の技術を何も持っていないことを意味する。これでは自然への回帰ではなく、単なる技術の後退である。 自然の姿を見ても分かるでしょう。勿論、無施肥・連作。無施肥→連作可。施肥→連作不可なのです。 9. 土作り(環境整備)?(ダイエット)ズバリ!、微生物の放し飼いです(^-^)。微生物や微生物の作った物、食べカス、あるいは土壌改良材(特に必要ないが微生物の邪魔をしない程度なら使っても良い)といわれる物を圃場に入れることではありません。また物理的に引っ掻き回すことでもありません。良い土とは、
要するにダイエットです。血中に溢れ出した過剰な糖やコレステロールをなくし、細胞一つひとつを活性化するのと同じです。概ね、先進国の土壌は肥満状態、発展途上国は飢餓状態のようです。何れにしても良い作物は育ちません。 但し、ダイエットであって断食ではありません。従来の自然農法は、この点を勘違いしているようです。確かに断食は効果的ですが人に限らず、全ての生き物は医食同源(薬食同源)。土(土壌微生物群)とて同じこと。食事(餌)を絶つのではなく「正す」です。 飼うというからには餌の量を知らなければなりません。通常、畑地のバイオマスは、数ton/ha(乾物量)と言われ、菌類、バクテリア、センチュウが多く昆虫やミミズはそれ程多くはありません。これは牛15頭(鶏5000羽)/haほどを飼うと同じことです(餌の消費・利用量からみて)。 必要な餌(雑草、作物残滓を含めた炭素資材)の量(畑地/年)は、最低(慣行栽培並の収穫量を得る)で、バイオマスと同量(炭素循環 例1=炭素換算3.5ton(乾物量8.8ton)/ha)。自然の循環からみた基準量は、その2〜3倍量ほど。これなら作物の収量も慣行栽培の2〜3倍が可能。 緑肥作物の収量と目的の作物の収量は比例します。基本的には、これだけの量を圃場内で循環させればよく、外部から持ち込む必要はありません。但し、それなりの時間を要します。もし可能なら、効率を考え必要量の一部(全部)を持ち込んだ方が得策です。
それなりの時間:
1. 緑肥(登熟させる)の栽培期間が必要である。主作物+緑肥作物/年が限度。 2. 無施肥に転換後2〜3年経過しないと緑肥作物の収量=炭素固定量も十分増えない。 緑肥作物の収量=炭素固定量: 実際例(サンパウロ総合大学農学部 ピラシカーバ 22°42'34S 47°37'54W 標高530m)での初年度収量は、種類にもよるが10〜15t(乾物量)/ha程度。その後、毎年50%ほど増収し、2〜3年で20〜30t/ha以上になった。3年以上経過し主作物の栽培期間以外を全て緑肥栽培に当てれば、冬がないため数十〜100t/ha程度の収量が得られる。根や作物残滓もあり実質循環量はこれ以上。これに施肥すれば過剰になるのは当然である。尚、草類の炭素量は種類や登熟度により多少の差があるが乾物量の約40%、木材は50%前後である。 家畜は人が直接食べられないものを食べられるように変換するのが役目。気候風土に恵まれた地域では家畜はいらないのです。日本で畜産が発展しなかったのはそのためでしょう。直接食べられる物ができない地域以外では、無理な「有畜農業」を考えるより、見えない家畜をしっかり飼うことです。
無理な「有畜農業」:
食糧としての蛋白質源の確保や耕作のための堆肥資材、有機物資材確保が主目的の畜産。蛋白質は豆類や作物残滓の食糧化のために行う畜産で十分である。ブラジルには主目的が鶏糞採取の「鶏糞養鶏」という言葉がある。 そもそも穀菜食というのは気候風土に恵まれた地域でしかできない、贅沢な食事で決して粗食などではありません。窒素(蛋白)量が多く、胃腸や身体に負荷の大きい畜産物の方が、むしろ粗末な食事と言えます。高窒素は土(微生物、環境)だけでなく、全ての生き物にとって高負荷です。 10. 人の食物と虫の餌?(タデ喰う虫も好き好き)つい、数十年前までは、農薬で守らなければならないような、軟弱野菜は先に虫や菌に食われてしまい人の口に容易に入ることはありませんでした。ところが、農薬が普及し本来、虫の餌になるべき筈の物を人が横取りして食べるようになったのです。冷蔵庫で長期保存すると水になる(バクテリアにより腐敗分解されドロドロに溶ける)のが虫の餌。エネルギーを使い果たしミイラになる(枯れる)のが人の食物です。そして、これが鮮度の良し悪しを決定づけています。 虫から横取りした農産物は、見かけは同じでも人の食物とは言い難く、質的には今まで食べたことのない物を食べているわけです。これは人類にとって未知の経験であり、その結果どのようなことが起こるかまだ十分には分かっていません。ただ分かっていることはアレルギー、アトピー等が無施肥栽培の良質な物に替えただけで治ることがあるということです。 健康な人の腸はやや酸性。虫はアルカリ性と言われています。これは腸内微生物が違うためで、腸内が還元・発酵型(人)か酸化・腐敗型(虫)かということです。 この特性の違いを応用したのが微生物農薬。BT剤のバチルス・チューリンゲンシス(納豆菌と同属の枯草菌)の産生する結晶蛋白がアルカリ(酸化・腐敗型)条件下で活性化し、消化管が破壊されます。 木酢液や海草エキス、牛乳等の散布で(慣行農法からの転換初期以外は必要ない)、発酵作用を持つ微生物が増え、虫が食べれば腸内で発酵。産生された物質により、腸が破壊されたり消化不良を起し死にます。結果的に微生物農薬(生菌)散布と同じ。 定植後、活着したレタスのアブラムシが勝手に死ぬのも腐敗し難い状態になったレタス故。これが無農薬になってしまう理由。 実際には腐敗しにくい物を虫は食べようとしません。品種改良された同一品種のキャベツでも「質」次第でアオムシが食べたり、食べなかったりする理由です。また、植物は虫や菌に対する防御機能(植物免疫)のような対抗手段があります。でも、それも作物が健康であってこそです。 タデ喰う虫も好き好き、虫(菌)と人は、同じ植物でも質の違うものが要求され、食べ物で虫と人は競合しません。共存可能なのです。 作物は土壌中の分解作用が還元・発酵型分解の場合は健康に育ち、腐敗し難く「虫に食えない」日持ちの良い物に育ちます。反対に酸化・腐敗型分解の場合、腐敗しやすく日持ちの悪い「人に食えない」虫の餌しかできません。日持ち=腐敗の難易度=バクテリアの餌として適・不適度です。 11. 発酵と腐敗?(ミソとクソ)発酵、腐敗は微生物が有機物を分解する初期過程で起こる現象での違いで、人にとって有益か有害かの違いと言われ、最終的な無機状態になればどちらも差がありません。でも、人にとって有益な分解過程を発酵と呼んでいるのですから発酵が有益なのは当たり前なのです。ミソとクソを一緒にしてはいけません。人はアルコールに群がりハエはクソに群がります(笑)。人は腐敗したもの(しやすい物)は食べられません(食べない方が良い)。虫は発酵したもの、腐敗し難いものは食べられません。 これは植物にとっても同様で発酵は好都合で腐敗は不都合。しかし腐敗した有機物でもある程度、分解(腐熟)が進み腐敗臭がしない状態になれば直接の害(施肥害は別)がなくなり、農業で昔から応用されています。 通常、発酵では途中で一時、分解が止まった状態が現われます。腐敗では一旦、分解が始れば止まりません。「降りると落ちる」の違いのようなもの。そして発酵では人や作物にとって有用な成分(酵素、アミノ酸、有機酸、成長ホルモン、ビタミン、糖類、各種生理活性物質など)が生成され、腐敗では逆に有害成分(各種炭化水素、硫化水素、アンモニア、窒素吸収阻害物質=窒素飢餓の原因成分、酵素阻害物質など)が生成されます。 発酵(プラス)に向かった場合、有用成分の働き等で更にプラスに傾き、傾いた分だけマイナス面が減り、良いことずくめになるというのが自然の仕組み。 発酵分解は都合の良いことに初期分解はゆっくりですが、植物の要求量も少なく、作物の成長に従い分解量も増え、無駄なく利用。作物毎に養分量を変える必要がなく、多様な作物を同じように栽培でき、生育中の養分補給(追肥)も不要です。 当然、その反対もあり、例えば、鋤き込んだ炭素資材のC/N比が低すぎ窒素過多の場合(若い雑草やマメ科の緑肥作物)、腐敗作用が勝り急速な分解が起こります。この時、生成された有害成分が植物の根を痛めたり植物に吸収されたりします。 また、未利用の無機化された窒素が流亡すれば環境汚染を起し、作物の後半の生育に支障(窒素不足)を来たします。資材の種類や使い方次第で発酵か腐敗かが決まり、何れが勝るかで結果は正反対。同じ分解作用でも発酵と腐敗では決定的な違いを生じます。 人の腸内も同様に、発酵分解、腐敗分解が微生物により行われています。土壌中での分解過程に当てはめて考えれば、結果がどのようになるか容易に想像できるというもの。発酵は「生」。腐敗は「死」。につながります。 人体は一本のパイプ。裏返して見れば腸は、植物の根に相当すると言われます。解剖学的にも腸内は体外と見られていて、土壌と接している器官と考えれば分かり易いと思います。 腸内での食物の分解作用を無視して、作物の質や人の健康を語ることはできません。またこれが免疫に重要な役割を果たしていると言われます。癌は炎症、炎症は慢性的な腐敗現象と言われます。 12. 糸状菌?(炭素と水、空気、太陽(熱)さえあれば)
糸状菌と言われるように菌は糸状に繋がっていて、菌糸の成長速度は数mm〜数cm/日と非常に早く、短期間で土壌中に菌糸を伸ばします。キノコ菌の場合、キノコを作るために繋がっている菌糸全体から養分を一箇所に集めます。 種類によっては植物より遥かに早く広範囲から養分を集めることもできます。植物と共生し、リンを可吸化すると言われているVA菌根菌も糸状菌です。つまり、植物の根の代わりをし、根の届かない所の養分でも利用可能にしているのです。 菌類は植物の進化と共に共生関係を強めてきました。植物への養分供給だけでなく、土壌環境を整えるのも菌類です。植物だけでは自然環境は守れません。 硬盤層形成現象はなにも、大型機械使用だけが原因ではありません。キノコ菌の餌でもある炭素資材不足による腐敗(土壌団粒の崩壊)が真の原因です。 大型機械で破砕しても炭素資材が不足すれば そのため気象条件等が悪いと、有機栽培で一般的に使われる補助資材(木酢、牛乳、ストチュウ等)も有効ですが、それは転換初年度だけ 基本を守れば補助資材は一切必要としません。補助資材の効果がある内は土ができていない証拠。何かに頼る事は障害(病気=自然農法症候群)、無駄な時間を費やすだけです。 13. 炭素率 C/N比?(食い貯めは)C/N比40を境に、以下ならバクテリア(細菌類)、以上なら糸状菌(菌類)が主に働きます。そして一般的な常識とは反対に高C/N比なら窒素飢餓が起きず、低C/N比(40以下)で窒素飢餓が起きます。そもそも、腐敗と呼ばれる現象は有害成分が生成される分解作用のことで、それに伴うマイナス現象の一つが窒素飢餓です。
低C/N比(40以下)で窒素飢餓が:
慣行施肥栽培で言う「高いC/N比」は、19〜30程度の中途半端な物(主に堆肥)のこと。圃場に投入してからも腐敗が続き窒素飢餓を起こす。完熟堆肥は 15〜18程度で腐敗はほぼ終わっている。窒素飢餓は起きないが他の施肥障害は起きる。 窒素飢餓: 「腐敗分解→窒素吸収阻害物質生成→植物の窒素吸収活性低下→窒素不足」というのが実態。分解に伴う無機態窒素が十分ある。過去言われてきたように、土壌中の窒素を微生物が奪うのではない。 通常の堆肥はC/N比30に調整・堆積。バクテリアによる腐敗分解の後、C/N比15〜25程度になってから畑に投入。土壌のC/N比12(日本の畑地の平均)と同じになるまで、最初は細菌類、腐敗が治まると菌類(カビ)が分解します。
麦、稲はコンバインで籾だけ収穫した直後。生食用トウモロコシなら収穫後、完全に枯れない内が適期(米糠などの補助資材を使わない場合は2週ほど置き半生状態で糸状菌の繁殖を待ち鋤き込む)。 これは新鮮な落ち葉のC/N比50と同程度。役目を終え次第、土に返せば良いという既に神様が計算済み(^-^)の絶妙なバランスです。
完全に枯れない内:
枯れると自己分解作用や微生物による分解を受け、易分解性の糖類や窒素(蛋白質、アミノ酸など)が失われ、セルロースやリグニンなど難分解性の高炭素化合物だけが残る。無駄であると同時に、C/N比が上がり過ぎキノコ菌の繁殖に時間がかかる。逆にC/N比の低い若い生の作物残滓や緑肥作物、雑草などは十分枯らせばC/N比が上がり腐敗させずに使うことができる。 半生状態: 分解に必要な易分解性の成分を失わない程度に枯らし(細胞を弱らせ)、成分を無駄にすることなく分解を容易にする。水分を飛ばし細菌類による腐敗分解を防ぎ、菌類(糸状菌)の繁殖を促す。微生物が増え分解能力が高まれば必要のない操作だが転換初期には有効である。
若い生の作物残滓や緑肥作物、雑草:
作物 C/N比
・イネ科(茎葉) 8種類: 19 (出穂前の若草)
・マメ科(茎葉) 5種類: 14 (開花前の若葉、根や根粒菌Nは含まない)
・野菜(茎葉) 35種類: 14 (とう立ち前の若葉、根菜類は葉のみ、果菜は実のみ)
・アブラナ科(外葉)5種類: 17 (葉野菜の残滓)
C/N比は主要作物の平均値(蛋白質の16%を窒素、固形分の50%を炭素として計算)。
とう立ち、登熟すると3倍前後高くなる。
【参考:日本標準飼料成分表、五訂増補日本食品標準成分表など】
13. キノコが主役
縄張りを作るのがキノコ菌の特徴、炭素資材をガードしてしまえばバクテリアによる急激な腐敗分解は起こりません。 堆肥化では糸状菌は酸欠と熱に弱く発酵熱で死滅、糸状菌がガードできない半端なC/N比(30以下)。既にバクテリアが占有している堆肥を圃場に入れても、キノコ菌は食べ残し(腐敗後に残ったセルロースやリグニン)に甘んじなければなりません。 炭素循環を円滑にするためには慣行農法と違い、働く微生物の順序が逆(自然と同じ)でなければなりません。高炭素資材を容易に分解できる菌類があくまでも主役。主役に食べ残しを与えるような失礼(^-^)な真似をしてはいけません。 炭素循環農法では一般常識とは違い、木材チップ(キノコの好物)などを生まま投入(針葉樹は1〜2ヶ月ほど堆積し植物生育阻害物質を分解)。 早く養分化したい場合は米糠、畜糞、搾油カス等でCN比80±30程度に調整(発酵さえすればもっと高くても構わない)。60℃〜以上の高温発酵=キノコ培地化。堆肥化しない2〜4週間内に、8ton/ha(水分60%)施用します。 これは、マッシュルーム等の地中にある炭素源を利用するキノコ栽培に使われる発酵培地の調整法と同じ。つまり、未使用のキノコ培地でキノコ菌を畑で育てるわけです。速やかに養分化が始まり植物や他の微生物の養分になります。
木材チップ(キノコの好物):
C/N比がマツ1000、スギやヒノキ700、窒素が極端に少なく、養分化に2〜数年かかるが窒素飢餓が起きないため、比較的新しいブルーベリー栽培では未処理のまま大量投入する利用法がある(ブルーベリー栽培と共にアメリカから伝来)。しかし、作用機序を知らないため他の果樹や通常の畑作(慣行農法)で生で使うことはない。ブルーベリーで良くてリンゴやナシで悪かろう筈が無い。 早く養分化したい: 配合例(乾物重):チップ(オガコ)100〜300、鶏糞又は搾油カス30〜15(ブタ1.7倍、牛2.8倍)、米糠3、堆肥用微生物資材適量、水分65%。 日本では有機物資材施用基準として、連年施用での堆肥施用量が決められています。また、2〜3年に1回まとめて施用しても良いなどと、信じられないようなことを言います。2〜3年も炭素資材が分解しないのはキノコ菌が活躍できない死んだ土の話。また、木材は分解し窒素放出まで30年もかかるのは腐敗土壌や亜寒帯・寒帯での話しです。 14. 施肥と環境汚染?(ご飯が足りない)地球規模で問題になっている、過剰施肥(窒素、リン)による環境汚染は、過剰(不要)なことは確かですがご飯が足りないため腹を空かせた微生物が、働けないことが汚染の真の原因です。十分な炭素(有機物)があれば、微生物は炭素資材を分解しエネルギー化します。その際、微生物は炭素がある限り増殖を続けるため、窒素を使い切ります。微生物群の第一制限養分はエネルギー源である炭素。炭素が十分ない限り窒素やリンは有効利用されず相対的に過剰になり、環境保全はできません。 施肥や家庭排水等で富栄養化した河川や海で、藻やプランクトンが異常繁殖します。これは、大気中(水中)から藻やプランクトンが炭素を取り入れ、過剰な窒素や燐を生物固定(有機化=生物化=生かす)・無害化しようとする自然の浄化作用です。 農地からの垂れ流しを止めるには、河川に流れ込む前に炭素で固定(微生物化)し、作物の養分にしてしまえば良いのです。勿論、処理できるからといって死んでいる窒素を、むやみに土に入れてよい筈ありません。 微生物によって一旦、利用(固定)された窒素やリンは、バランスが保たれた状態で植物に利用されたり、新たな炭素資材分解に使われ、環境汚染を起さない形で循環します。問題は、死んだ(無機化した)窒素や燐です。窒素の多寡ではなく、その生死が問題なのです。 水田で乾土効果などと言われますが、餓死や日干し、窒息死させると元の木阿弥、窒素やリンの垂れ流し。効果ではなく乾土害です。 また、生ゴミ、家畜糞尿等は本来、土壌に還元すべきもの。この際、窒素量に見合った炭素を一緒に入れれば、環境汚染を起すことなく有効に活用することができます。 ただし、C/N比が高くても極端に易分解性の炭素資材(オカラや残飯、低分子の糖類など)の大量使用はいけません。EMボカシの頻繁使用と同じで、微生物を一時的に活性化し過ぎ、土壌中の炭素までも短期間に消費し、結果的にC/N比を下げ腐敗を招きます。使う場合は消費に見合う難分解性炭素資材を併用します。 窒素は生物化により土壌中で循環させられますが、炭素はエネルギー源という性質上、消費分の多くを二酸化炭素として土壌外に排出します。 森林資源の枯渇で畜糞まで燃料にしたり、食糧難で生ゴミもでない途上国向きではありませんが、世界中から炭素や窒素(腐敗源)を買いあさり両方とも始末できず、尿酸(窒素)沈着で痛風状態と同様な日本(笑)には、最適の方法です。 ただし、毒物(としか思えない物)が混入されている、現在の人畜の残飯、糞尿は何処まで微生物が分解するのか、保障の限りではありません^^; 。無用な食品・飼料添加物を入れないことが先決です。 地球は、今まさに生活習慣病。大気中に炭素が溢れ出し、土に炭素が欠乏、土は痩せ、水分の保持力も落ち脱水症状(淡水資源の枯渇)。炭素(糖)が有効利用されず糖尿病状態。 先進国の土壌は飽食の結果、二酸化炭素や窒素があふれ出し、高血糖・高尿酸血症状態。反面、途上国は炭欠・窒欠で飢餓状態。炭素が不足し、窒素が多いほど腐敗し易く、過剰は作物や人に限らず地球でも病気の原因です。 15. 自然?(人の都合が最優先 ^-^)自然・有機農法と言えども、農業は自然を人の都合の良い環境に変え、食物を得る産業ですから自然のままというわけにはいきません。しかし、自然の仕組みを無視しすると、自然の摂理に従って虫や菌に作物を食われます。虫や菌のお世話になったら何処かおかしいということ。虫に食わせず農薬やストチュウかけて、虫の餌を横取りしたって一向に構いません。ただしツケは必ず回って来るということです。 土壌改良しかしない炭素循環農法は、農法というより自然の仕組みそのものです。基本さえ逸脱しなければ何をやっても構いません。それでも虫や菌に食われることはありません。 しかし、何かを足したり(施肥)、引いたり(防除、残滓や緑肥、雑草の持ち出し)することではありません。その場にあるものを滞りなく循環させるために人が手を加え、有害・無用なものから無害・有用なものへの転換です。 在るべき物が、在るべき場所に、在るのが自然。その場に不要なものなど何一つありません。そこに在るのは命を生かすために必要だから在るのです。 作物より寿命の短い微生物は十分な餌(炭素)がある限り、作物の有無に関わらず常に養分を循環させていています。これが持続型農業の基本中の基本であり、供給体制が何時でも整っているわけです。 作物毎に各種養分要求量や要求度が違っても、どのような植物でも例外なく、微生物が作り出す養分バランスの範囲内で進化して来たのです。 過去の自然農法のように、自然に妥協し、自然の真似事をすることが自然農法ではありません。また自然から逃げ回ることでもありません。一見、不自然なように見えても、自然の仕組みを最大限に活用するのが自然農法。 高度な文明を持った現代人がサルや未開人の真似をすることの方が不自然。今、在る物や可能性(遺伝子組み換えなど)を無闇に否定することの方が余程「反自然」。というものです。 16. 養分と管理?(微生物に焦点を合わせた環境管理)肥とは無秩序に作物を肥え太らせたり、過剰に吸収される物。即ち無機成分=死んだ成分。無機成分、云々の慣行農法は死物(生物の対語)農法。養分とは読んで字の如く「養う成分」。光線、温度、水、空気や生きているC,N,P,K、他です。一部の成分過剰から、肥え過ぎて病気になったのでは、養っているとは言えません。 自然農法で供給される成分も例外ではなく、管理ミスや環境の激変により、土壌中の有機成分が大量に、無機化されれば肥(毒)になります。 多雨、冠水等による酸欠、乾燥後の降雨、その後の高温で、有機物や微生物の死骸がバクテリアにより、急速大量に分解され無機化し、作物が過剰な窒素を吸収すれば、萎れの原因になったり、硝酸害や作物の軟弱化で病害虫に犯され易くなります。特にこの現象は、大量の堆肥を使う有機農法に見られます。 植物が微生物の活動範囲内で進化して来た関係上、土壌微生物の好適活動範囲と、作物の好適生育範囲は、ほぼ一致していています。 人為的な施肥に拠らず、肥培管理という概念が成立しない自然農法では、養分供給(循環)が円滑に行われるか否かで成否か決まるため、作物に焦点を合わせるのではなく養分供給を担っている微生物に焦点を合わせた環境管理が最優先です。 一口に自然農法と言っても、その解釈は非常に巾があり「自然農法=無施肥=何も入れない」と頑なに思っている場合も見受けます。これは、末梢的なことに囚われ過ぎて本質を見失っていると言えます。微生物が容易に分解できない有害物質(食品残滓や家畜糞尿等の塩分にも注意)が含まれる資材は論外ですが、何を使っても「肥にさせない」「殺さない」のであれば良いということを理解していません。 要は、自然が「生き物を生かしている」仕組みを活用し、自然が「生き物を殺す」仕組みを発動させないということに留意すればよいわけです。命の「組み立て」と「分解」。即ち「生」と「死」の作用が行われる「場」を理解するということです。 17. 雑草?(土壌の分析医)
清浄度が高くても極端な痩せ地では、適応できる種類が少なく植生は単一・一様で、比較的進化度の低い植物(シダ類のワラビやイネ科のススキ、チガヤ、ヨシ等)が主です。 ワラビは根に養分を蓄え、イネ科の多くは大気中から窒素を固定する体内内生菌を持っています。耕地化するとスギナなどが繁茂します。 役目放置すると肥沃化するのが自然。葦原は毎年刈り取ったり、焼き払ったりして肥沃化を抑制し、植生を安定させるための先人の知恵。若草山の山焼きは有名ですが、日本各地で行われる野焼きも同様な理由です。そして焼き畑で言われる、焼くことによってカリ等のミネラル分が補給されるというのは嘘。増えるわけではなく、焼けばそこに有る物がまとめて大地に戻るだけのこと。焼かずに戻しても同じ。熱帯で同じことをすれば砂漠化します。 雑草はその土地に、より進化の上位の命を生かすために、過剰な物を取り除き、足りない物を加えます。 酸性土壌にはカルシュームを有効化し、中和作用を持つスギナなどが生え、痩せ地には炭素固定能力の高いイネ科植物が生えて土壌を肥沃化します。無施肥栽培の緑肥作物にイネ科が適しているのはそのためです。
炭素固定能力の高い:
光合成(二酸化炭酸固定)にはC3、C4、CAMといわれる型がある。Cxのxは取り込んだ二酸化炭素から有機化合物が合成される最初の化合物の炭素数。C3型光合成が植物の光合成の基本型で、地球上の植物の90%以上を占める(多くの一般的な植物やイネ、コムギなどの主要作物)。 C4型は強光・高温、乾燥、低CO2、貧窒素土壌などの条件下でも、効率的に光合成が行えるよう進化した型(熱帯地方の大型で強靱なイネ科雑草やトウモロコシ、サトウキビ、ソルガムなど)。二酸化炭素の濃縮、還元を葉肉細胞と維管束鞘細胞に分けて行い、通常のC3型光合成を行う植物(葉肉細胞のみで炭素固定)と比べて、二酸化炭素固定量が大きく成長速度が速い。 CAM型(ベンケイソウ型有機酸合成 Crassulacean Acid Metabolism)は大きな昼夜の温度格差や乾燥条件に適応進化した、多肉植物(サボテンなど)や着生植物(ランなど)。日中は水分蒸散を抑えるため気孔を閉じ、二酸化炭素の取り込みを行わず成長速度が遅い。 二酸化炭素固定量: 一概には言えないが好条件下での固定量(mg)/葉面積100平方cm/時間は、C4植物で60。C3植物でも比較的高いイネやヒマワリ、ケナフなどは40。平均的なC3植物(タバコなど)20。樹木などは5〜10程度と言われる。 これを吸収した光エネルギーに対しての最終的エネルギー変換効率でみると、C4植物で5%以上、他のイネ科植物や藻類などは5%、森林で1%程度と考えられている。これは自身の維持・再生を差し引いた真の効率。 最終的エネルギー変換効率: 光合成だけに限れば約30%で、実験室段階の高効率の太陽光発電パネルと同等。尤も、自己再生のできない太陽光発電は、高環境負荷で鉱物・石油資源の浪費の上に成り立つ非エコ技術。真の産出/投入エネルギー(製造・保守、環境保全・修復)は1以下。エネルギー産出システムではなく、単なる耐久消費材。電卓のでかい奴=ソーラー電源付き住宅や車と考えれば、それなりに有用。 人も自然の一部、自然の効率的利用(自然農法など)は可能だが、総合的にみて完璧な自然のシステム(光合成はその一つ)を超えることはできない。一見、複雑多様、不可解で曖昧に見える自然だが、基本部分は非常に単純でメカニック(太陽エネルギーの変換)。この単純さの応用だから、たんじゅん(単純・炭循)農法なのである(笑)。 肥沃化すればイネ科植物の役目は終わり、炭素固定能力が低く養分要求度の高い、アカザやカタバミなどが生えます。これ等は比較的邪魔にならず除草も容易です。 眼に見えない土壌状態や環境を、眼に見える形で表しているのが虫や雑草。雑草を見ればその土地の状態が分かります。雑草はさしずめ、土壌の分析医と言ったところです。 悪者扱いは心外殺し農法では、作物残滓、雑草は有害菌・センチュウの温床になるから取り除けと言います。しかし、野菜の多くは養分要求度が高く、炭素固定能力は低い傾向にあり、除草はマイナス要因。炭素固定、養分制御、自然の自浄作用を阻害するため最小限度に止めるべきです。尤も炭素循環が無駄なく行われる炭素循環農法の畑に雑草は無用、見た目は慣行農法と大差ありません。 また、除草剤使用のための、遺伝子組み替え大豆の場合、遺伝子組み替えの安全性の問題は別にしても、炭素循環量が不十分になり、有機物の不足から土壌の物理性の劣化を招きます。事実、大規模な不耕起・大豆栽培が行われているブラジル、パラグアイでは、不耕起にも関わらず、土壌物理性の劣化により、雨水による表土流亡・浸食が深刻な問題になっています。 雑作地帯での不耕起栽培は、もともと表土流亡の防止・保全が主たる目的でした。目的を果たせないだけではなく、晴れれば大地はカチカチに固まり、作業性も悪くします。更に、除草剤は土を固め、そのものが持つ危険性や生態系への影響も考慮しなければなりません。
雑草は有害菌・センチュウの温床:
慣行施肥栽培では雑草に病原菌が感染・寄生し、以下のような関係にあると言われている。
これでは完全に凶悪犯。殺し農法では確かに雑草が病虫害を助長します。しかし、食われる方に問題があるのです。病原菌、害虫は生物界の免疫機能と考えられ、雑草や作物に何時でも寄生し残っては不都合な物(者)を処分するために待機しているありがたい存在なのです。 雑草は森林や微生物と同じように地球環境をコントロールするのが役目。貴重な役割を持つ資源です。小さな森林あるいは、デカイ微生物と考えればよいでしょう(笑)。邪魔者扱いして殺すことを考える前に、如何に活(生)かすか考えるべきです。 18. 施肥信仰?(知らないということは・・・)此処では、アガリクス茸の栽培が盛んです。イネ科の雑草、サトウキビの絞り粕(バカソ)等が培地の主原料で鶏糞や尿素、搾油カスなどの窒素源を加え高温発酵をし殺菌します。冷めてからキノコ菌を植え、ポリ袋で10kg程の菌床を作ります。これはマッシュルーム培地と、全く同じです。培養が終わると、ハウスなら袋に入れたまま棚に並べ菌床の上面に覆土しキノコを発生させます。多くは露地栽培で普段、野菜を作る畑に畝を立て、袋から出した菌床を一列に密着し並べ、覆土し枯草などで覆い発生を待ちます。 露地でキノコを一度作ると、残った菌床に雑菌(栽培種以外の全ての菌類、細菌類)が繁殖し5年程同じ場所で作れなくなります。大量の有機物(菌床と覆い)が入り雑菌=有用菌(畑にとって)が増え、その後の野菜は無施肥で農薬も殆んど必要なくなります。 ここまでは良いのですが、数回、野菜を作るとできが悪くなり、元の状態に戻ります。ここで滑稽なことが行われます。キノコ屋からマッシュルームの廃菌床を買ってきて、せっせと堆肥を作って入れるのです。 おかしいと思いませんか。アガリクス茸を作るときには、生きた菌床を入れ、その後、ほぼ無施肥・無農薬で素晴らしい野菜ができることを知っているのに。何故か、マッシュルームの菌床は手間暇かけて、わざわざキノコ菌を殺し、量を数分の一の堆肥にしてから入れ、更に化学肥料を追加し、農薬散布をするのです。 これが、原理を知らないということなんですね。目の前に在っても見えていないのです。自分自身で体験しているのに何も気付いていません。アガリクス茸を栽培していなくても、この周辺の百姓で、このこと(キノコ栽培後は無施肥・無農薬が可能)を知らない者は、まず居ないでしょう。 「施肥信仰」が如何に根強いものであるかを物語る、滑稽な話です。知らないということは、恐ろしいものですね。人事だと笑っていられません。高炭素資材の土壌改良でも同じことです。改良の仕方を知っていながら改良後、せっせと改悪しています。 もう一例。実践例にあるS.M 農園の隣では、畑を遊ばせ雑草対策として伸びたら鋤き込むということを数年繰り返していました。ところが、いざ使い始めたと思ったら、化学肥料と堆肥を入れ盛んに農薬散布をしているのです。 何とも勿体ない話です。数年雑草を鋤き込み、土が完全にきれいになって何でも無農薬でできる状態になったというのに・・・。日本でも休耕田などで同じ現象が見られるのではないでしょうか。 19. 水田?(水作り)イネは50%を地力で育てるといわれるように、施肥障害(連作障害=イモチ病、虫害、倒伏など)に非常に敏感。そのため施肥量が露地野菜の1/4ほどと少なく、汚染も比較的軽微?。条件も均一(湛水)で技術的にも単純、転換が容易(3年)。原理的には畑と同じですが土壌(水?)構造は畑と違い毎年作り直します。餌は残渣=株・ワラだけで十分。ただ、水田の顕著な特徴として、餌切れと同時に第四の相(生物相)が消え腐敗が始まるため、少ない場合は追加します。稲刈り後、何をさておいても耕起・攪拌。成否は秋で決まります。 腐敗を防ぐ(雪と美味しい米)美味しい米=土壌の発酵。生の有機物では代かき後の湛水条件下で腐敗するため刈り取り後、直ちに土や水、雪などで作物残滓を覆い前処理=発酵処理(秋起こし、冬季湛水、根雪利用など)をして腐敗を防ぎます。好都合なことに低温期は(バクテリアが活動できずキノコ菌が活性化)、前処理さえすれば容易に発酵分解に移行します。
美味しい米:
理化学検査(食味計など)は「美味しさや不味さ」を直接計っているわけではなく慣行農法の米とは数値の出方が違い要注意。本当の美味しさは食感と発酵味。現在、美味しい米といわれているのは味より食感(デンプン中のアミロースとアミロペクチンの割合など)。低アミロースで粘りのある米が好まれている。品種改良の結果食感は良くなった。しかし「見た目は確かに米なのに米の味がしていない!」というのが実態。50年前の米は米の味がしていたのである。 前処理: 積雪地帯は根雪で長期間ワラが覆われ、事実上の発酵処理が自然状態で行われ美味しい米の産地として知られている。冬期湛水も同原理。雪の少ない冬期乾燥地や温暖地では必ず秋起こし。更に冬期雑草対策(繁茂させると腐敗)を兼ね、代かきまでに更に2回浅く混ぜる。それ以上混ぜ、空気を入れ過ぎると有機物を浪費、餌不足による減収や腐敗を招く。 前処理をせず、ひこばえ放置、雑草繁茂、稲ワラが代かき時に浮くようであれば腐敗は必至(吹き寄せられたら取り除く)。メタンガスや硫化水素(温室効果ガス)がブクブクと吹き出し根痛み、病虫害、環境破壊を招きます。前処理は冬になってからでは遅過ぎ「秋起こし」でなければ間に合いません。同じ理由から麦類の裏作もダメ。マメ科緑肥(レンゲ、ヘアリーベッチ)など論外です。
冬になってからでは:
分解期間が足りずやはり腐敗。一連の施肥害(腐敗成分生成・窒素無機化=環境適応力低下・病虫害・食味低下など)が現れる。有機農法で流行っている?春先のマメ科緑肥の鋤込みは腐敗の酷さに雑草さえも腐るとか・・・?=腐敗除草?。麦をやりたければ夏はダイズ、水田と畑を同一視してはいけない。 淀んだ水は腐敗し濁ります。濁りは腐敗の証拠、水は常に澄んでいなければならないのです。澄んでいれば藻などが水中の酸素を増やし、発酵状態を維持します。濁っていては水中での光合成(酸素の補給、炭素循環)ができません。典型例はアイガモ・コイ農法など。その実態は、自然風施肥・防除栽培です。
濁りは腐敗の証拠:
一旦、綺麗に澄み発生し始めたサヤミドロは消え、何処からともなく多種多様な水棲生物(ザリガニ、ジャンボタニシ、水棲昆虫、他)が湧き出し、難防除沼地雑草も繁茂。上空には舞い上がる虫を求めてトンボ、ツバメが飛び交い、イネにはウンカ、カメムシ、イナゴ、スズメなどが群がりイノシシが掘り返す。一般的に言われる多様化=地下の多様性消失現象が起きる。 サヤミドロ: 藻の一種。これを育て炭素固定や水中の酸素の供給源とする栽培法がある。不耕起、収穫まで水を張ったまま。有毒ガスが発生せず根が野生化。土の酸化還元電位を還元側にする。省力・省エネ・低コストで慣行以上の多収穫。・不耕起農法による農業革命で農薬・化学肥料をゼロに!より。(注:但し不耕起は結果。拘るのは馬鹿げている、保水性が悪くなり雑草のコントロールもできない致命的欠陥となる) 高い生産性転換すると蔬菜類は成育期間が短縮しますが種や実を穫る物は、健康長寿=成育・栽培期間の大幅増=急に枯れずに、ゆっくり稔る(枯死ではなく登熟)。茎葉が緑の内は穀粒が太り続け未熟米がなくなり増収。栽培時期・期間や栽植体系の再検討が必要。従来通りの刈り取りでは早過ぎます。収穫を遅らせても生きているため脱粒や品質低下は起きません。
再検討:
早植え遅刈り(1ヶ月以上延長)。田植え収穫は洗練され発達した慣行の技術・設備・機械をそのまま使いほぼ慣行。育苗は慣行、やや密植〜分けつ倍増ならやや疎植。自然栽培などの大苗・手植え・疎植は、地力=水力?が無いから仕方なく・・・。意味も分からず真似しない。 真の自然農法=炭素循環農法の米作りでは、1/3を土(地力)で、2/3を水(水力?)で育てると思って下さい。水だけで施肥の倍程度の養分供給が可能。水田の水は畑の耕土、土は心土に相当。当然、餌は耕土(水)に入れます。
1/3を土で:
土(地力)で約4〜5俵/10a、同量を施肥で、これが慣行的な標準収量=8〜10俵/10aの内訳。無施肥では土で4〜5俵 + 水で8〜10俵/10a。一応の目安は慣行対比、50%増の12〜15俵/10a。 耕起、雑草、水管理餌を水中(土の上)の微生物に与えれば、原理的には耕起不要な筈です。しかし、実際には一定の条件が整わず耕起・代かきは必須です。これは生(活)かすための作業(自然の仕組みの活用)、耕起したからといって何のマイナスも生じません。
一定の条件:
保水性が良く、雑草が殆ど無い、早期に株が枯れる、根雪や水で有機物を覆い春までに適度に分解できる。等の条件が整えば餌(有機物)を土の表面に置いたままで耕起・代かきは不要。しかし、難防除雑草が多ければ田植え前に浅水状態で水温を上げ「発芽促進→浅く攪拌除草」を繰り返す。秋まで落水しないため乾田の雑草対策は無用。何れにしてもこれは極限られた地域の特殊例であり不耕起は推奨できない。 イネは低温に敏感。不耕起でザル状態・大量注水では水温低下=減収、水の無駄遣い。水田の耕起・代かきの目的の一つは、保水層(鋤床)の形成。残滓の前処理(秋起こし)をキッチリとし、従来通りの代かきをします(畑作後や休耕田は特に念入りに)。
低温に敏感:
冬期、特に手を加えなくても湧き水で湛水状態にできる(なる)水田(低湿地や沼沢地)は低収量、冬期湛水は良いが冷たい水で常に水浸しではダメ。人でも植物でも“頭寒足熱”。下から根を冷やさないよう、湧き水は暗渠などでキッチリと排水、暖かい水を上から与える。熱帯原産のイネは、地上部の適度な寒暖変化はよいが根は暖かく一定温度が良い。 比熱の大きい水を大量に貯める深水管理が有効。昼の高温を和らげ夜の冷え込みも防ぎます(低温障害、高温障害対策)。但し、従来の一般的な管理のまま単に深水にすれば有害です。
単に深水にすれば:
分けつが抑制され、更に中干しで分けつを止めれば穂数不足から減収。同時に微生物の死で、一時的に無機化された肥効成分により窒素過剰吸収(施肥害)。その後は養分供給源(半分は地力)の死滅で更なる減収となる。 雪解け水は冷たくマイナス要因(収量低下=不味い米)。水は綺麗な必要はなくドブ状態でも暖かい方が良いのです。
冷たくマイナス要因:
「融雪水が美味しい米を作る」の嘘。融雪水による冷水温障害克服を目的にした秋田県鳥海山山麓の上郷温水路群。「一度一俵」水温が1度上がる毎に1俵/反の増収になると言われている。 ドブ状態でも: 水田の地表面全体が生物層(相)=浄化層(槽)。流れがなくても腐敗しない。用水路に肥料、家庭排水などが溢れ出していても、生物層の上を10mほど流れれば完全に浄化され、虫も棲まないキラキラ光る美味しい水=スズメも食べない美味しい米に変わる。日本全体なら250万haの巨大浄化槽(2013)となる。 水温を上げ、温度変化を最小にするために冷水対策をし、注水は昼夜連続24時間休むことなく、収穫前の落水まで、あふれない程度に入れっぱなしにします。茎の基部にある成長点(葉や穂の原基)を温かい水で保護、冷害・熱波対策(気温変化の緩和)、深水による分けつ数の減少回避にもなります。
冷水対策:
温水池、温水路(黒マルチ用シート張りの迂回水路)、温水チューブなど。水温の低い地域で冷水対策なしの掛け流しはダメ。出穂前25日間ほどは特に冷害を受けやすく、逆に出穂〜登熟期は高温障害を受けやすい。 そして中干し厳禁。干せば生物相(トロトロ層)が消え養分供給不能に陥るだけでなく腐敗が始まります。前処理(秋起こし)により腐敗がなければガス抜き不要。乾土効果や穂肥に頼る必要もありません。
中干し:
土用干しとも。腐敗が最も酷くなる土用の頃、干すことにより土壌中に酸素を入れ腐敗を緩和。有害な腐敗成分の分解・ガス抜き、乾土効果(微生物の肥料化)も兼ねる。しかし処理後、微生物が減り肥切れを起こし穂肥(追肥)が必要になる。典型的な施肥・防除技術。 水田と畑の違い水田では水が耕土代わり、豊富な酸素と養分を含む水(トロトロ層)はゆっくりと土壌中に浸透し、間断なくイネに酸素と養分を供給します。水田でも微生物を飼うだけです。
トロトロ層:
水田固有の生物層(土の三相:固相・液相・気相 + 第四の相=生相)。土と水の境界に分離・独立した形で層状に形成される。液状に近いゲル状=固まらない水の層。一見、土のように見えるが水、残渣由来の有機物、微生物、その分泌物及び排泄物、微細な粘土粒子から成る。有機物量に応じ厚くなり、収穫(乾田)時にはリセットされる(消える)。そのため形成には毎年一定量の資材=作物残渣を必要とする。 代かき時の攪拌で土粒子の沈降速度差からできる、下〜上(粗粒=スポンジ様〜微粒=クリーム様)と分離した層構造は単なる泥の層だが、微細な有機物粒子は土より軽く最後に沈殿、最上部に積もる。これに微生物が大量増殖し生相が形成されると考えられる(水と分離する仕組みは比重差?)。推測通りなら、前処理で有機物が十分細粒化するよう分解させ、上代かきは深めの水深で丁寧に仕上げるのが良い。湛水時の攪拌では空気に触れないため過剰分解の懸念はない。 水田の水は微生物の培養液と考えるのが妥当。当然、量が多い(深水)ほど安定します。水田特有のアオミドロや浮き草は、きれいな水(貧栄養)には発生しません。水も土と同様、肥効成分があってはならないのです。水は日光が透過し、比熱が大きく、循環が早いため微生物を生かすのには、土より遥かに優れていてコントロールも容易です。この水を活用しなかったり、落とすことは金をドブに捨てるようなもの。畑は土作り。田は「水作り」。
量が多い(深水)ほど:
用水が十分無い場合はヒタヒタでも良い。均平作業を丁寧にし、乾かしさえしなければ生相は形成され、サヤミドロも繁殖。天候不順でもない限り収量・品質に影響はない。 アオミドロや浮き草: 施肥や腐敗により生じた水中の肥効成分を使い大量発生。日光を遮り藻、水草などによる光合成を妨げ酸素供給や養分循環を阻害する。 収穫前には従来通り作業性を良くするためにキッチリ干し、養分(生物層)を使い切ります(好気状態では腐敗・無機化は起きない)。畑と違い毎年作り直せるのが水田の強み、リセット(干)して構いません(転換が容易で確実な理由)。 一部の自然栽培のようにリセットを恐れ、沼田で手除草・手刈り・天日干しなぞ何の意味もありません。技術は見かけに惑わされず、その意味を理解してから使うことです。
手除草・手刈り・天日干し:
一生懸命努力は反自然の証、徒労以外の何ものでもない。収穫時から発酵が始まる米にすれば下手な小細工など必要ない。沼田や手除草(チェーン、米糠なども)=低収量=不味い米。この原因は腐敗=環境破壊。腐敗が無ければ沼にはならず、雑草も生えない=除草不要。水を落とせば速やかに乾きコンバインが入れられる。 天日干ししたからといって不味い米が美味く上質になるわけではない。質が悪いからゆっくり天日で干さざるを得ないだけ。籾を最も痛めないのは陰干し、しかし高機能化した機械乾燥では特に問題ない。それでもと言うのなら体ではなく頭を使う。刈り取り後のワラから籾への養分移行は無視できるほど微量、コンバインで収穫し軽く機械乾燥、仕上げに天日干しでも同じこと(何れにしても差別化詐欺・・・?)。長いワラを刻んで田に戻す手間も省け大幅に作業量が減る。 更なる手抜き。畦の草刈りと、草の処理(刈草が水田に落ちると腐敗)の手間を省き、漏水防止をも兼ねた畦の黒マルチが有効(シートの端を鋤床まで深く入れ畦に貼り付け土で押さえる)。更に、おまじないも・・・。
おまじない:
雑草が消える?。理屈(結晶を歪ませる?)抜きで効果があれば良しとする ^^;。焼き塩100g/10aを代かき時にパラパラと水面に撒く(畑では2000倍液を200L/10a)。 焼き塩:海塩を非金属(陶器など)の器に入れ、数百度の高温(ガスバーナー)で焼く。または直接、アルコールを塩にふりかけ火を点け燃やす(注意:一般的な炒り塩では温度不足)。 転換時の餌不足(猿真似農法からは要注意)十分量の餌を入れれば水田でも、転換後2年で慣行の収量を超えます。その時、必要な餌の量は全国平均収量時の残渣量が一応の目安。残滓量は収量にほぼ比例、平均以下なら足りない残渣分を、秋起こし時に高炭素資材で補います。
十分量の餌:
稲ワラは貴重な微生物の餌、放置してあるわけではない。焼いたり、バイオ燃料、天日干しなどと馬鹿なことを考えて持ち出さないだけで良い。肥料・農薬のなかった数十年前まで、ワラを持ち出し利用した替わりに、里山の柴刈りをして有機物の補充をしていたことを忘れてはいけない。柴を直接バイオ燃料にすればよい(嘗て人が手を入れ生産性を上げたために、余剰分が里山を荒廃させている)。 全国平均収量: 約9俵/10a(残滓量=ワラのみで数百kg + 根株≒1ton/10a)。根株も考慮し追加量は無処理(生)で、反収5俵以下なら1〜2ton/10a。5〜10俵なら0.5〜1ton/10a程度(乾物量=1/2〜1/3)。 高炭素資材: 雑草や枝葉が混じった比較的分解しやすいチップ(無処理)、竹チップ(無処理)、あるいは木質部の多い発酵処理済みチップなど、分解の難易度がワラと同程度(C/N比=70前後)の物がよい。多少、硬い物が含まれ分解せず残っても水中では腐敗せず害はないが有効化は翌年になる。 実際には入れた以上の有機物を、分解・利用し黒く汚れた土が 3年で完全に綺麗な「土本来の色」に戻ります。不足分を足さなければ発酵状態を維持するのが難しく、慣行並みの収量になるまで2〜3倍の時間を要します。
入れた以上の有機物:
腐植=酸欠・腐敗環境で分解できなかった難分解性のリグニン等が主成分。これ自体は無害だが生成過程の環境に問題がある。このことを百数十年も前に、農芸化学の父と呼ばれるリービッヒは指摘。彼は現在の農学の基礎となる無機栄養説を説くと同時に「腐食による栄養略奪論」を説いた。 20. ミミズ?(ミミズ自慢は恥自慢)森林にはミミズは僅かしかいません。落ち葉で覆われていても、炭素比が高く糸状菌が主に働き、腐敗していないからです。また、長期間キノコの廃菌床で地表を厚く覆っておいても、やはりミミズは増えません。また、土がフカフカというのは、未分解の有機物が土壌中に大量に残っているということであり、更にミミズが沢山居れば腐敗が進んでいる証拠。ミミズの好む生息環境は、腐敗しかかった有機物が、土壌中や地表に大量にある場合です。ミミズがいれば、それを餌とするモグラが増え、モグラの穴をネズミが利用し作物を荒らします。また蛇なども増えます。 ミミズにはある程度、腐敗した餌が必要で、種類により好む腐敗度が違うと言われています。有機物があっても腐敗が全くなかったり、完全に腐敗していると餌として適さずミミズはいません。ミミズは腐敗し始めた有機物を食べ、それ以上の腐敗・汚染を防ぐ掃除屋。虫や菌同様、腐敗度を表す指標。モグラやネズミも同様です。 ミミズは確かに土を耕し土作り(環境整備)に貢献しますが、有機物の処理工程は、一つでも少ない方が無駄がなく、ミミズのお世話にならないよう直接、微生物に与える方がより効率的に土壌改良ができます。また、ミミズコンポストや糞の製品は肥料。施肥害を起こさないよう注意が必要です。 糸状菌が速やかに有機物をガード。腐敗させず清浄な土壌環境を保てば森林同様ミミズは住むことができません。有機農法でよく聞く、「俺の畑にはミミズが沢山いる」とのミミズ自慢は、「俺の畑は腐りかけている」との恥自慢でしかありません。 “作物を育てようと欲すればまず微生物を育てよ”
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